ぼく、まっさん

オッス!まっさんだぞ!

夜あけといてください。なんて、年上の女性に言われたら。

 

夜、あけといてください。

 

それなりに歳をとった男女の会話で「夜」という言葉を聞けば、それなりの事を考えてしまうのは浅はかだろうか。曖昧な誘いから始まる食事の末に肌を重ね、一つの夜を超えた男女は、この日本にどれほどいるのだろう。

 

僕と彼女は、古くから仲が良い訳でもない。僕の職場に、現場研修という名目で1度来た時、軽く話しただけの関係だ。僕は25で、彼女は30前後。中学生のお子さんがいる、シングルマザーだ。

 

そんな関係で夜のお誘いがかかれば、男なら少し期待をしてしまうものだ。少しドギマギした気持ちで身支度をし、仕事終わりに広島から岡山まで向かう。鈍行で揺られる事、3時間。

 

駅の階段を降り、待ち合わせ場所の駅前ロータリーへ。飾り付けられた駅前広場のもみの木が、もう直ぐクリスマスが来るのだと感じさせる。

 

あ、あの人だ。

 

遠くから手を振ってる、小柄な女性がいた。服装はアディダスのパーカーにアディダスのジャージ、上にはユニクロだろうか、ダウンジャケットをきている。ラフな格好だ。

 

あまりにもラフな女性の隣に、明らかにイカツイ白い車があった。軽トラックと衝突しても負けない位デカく、BMWのロゴが光り、ドアノブがまるでスポーツカーのように窓の右上についた車。え、これ社長が乗ってるやつじゃない?

 

後部座席に乗ろうとして、ドアノブの位置を間違え助手席のドアを開ける茶番の後、飲み屋へ向かう。道中で「今度プリウスも買おうと思ってるんだよね。」と話す彼女の目は、野心に満ちた実業家の目をしていた。

 

話を聞けば、以前の現場研修員は仮の姿。実は自分で事業を起こしていて、以前職場にきてたのは単なる抜き打ち調査だったようだ。驚きの事実を立て続けに話され、全く理解が追いつかない。

 

彼女の行きつけのバーで、お酒を飲みカラオケではしゃぐ。午後11時からスタートした飲み会は、午前3時を過ぎた頃には終わりを迎えた。

 

じゃあ、私は帰るね!気をつけて!

 

気前よく飲み代を奢った彼女はそう言って、代行で帰って行った。時間は深夜3時過ぎ。人のいなくなった岡山の街を、一人さまよう。

 

今日は、一人の男として呼ばれたのか、可愛い後輩として呼ばれたのか、はたまた人柄の良さを買われ、将来スカウトするためだったのか。曖昧な夜の答えは分からないまま。正解を教えてくれる人も、いない。

 

いつか、正解が知りたいものだ。そう思いながら、知らぬ街を一人、凍えながら歩いた。